ゲーテ 『若きウェルテルの悩み』 高橋義孝 訳 新潮文庫 1951年
カウンセリングを学ぶのであれば、読まなければならないとされる本がいくつかあります。人間の悩みを広く、そして深く知るためには、個人の経験だけでは充分に補いきれないためです。人間の悩みを扱い、読み継がれてきた古典的な作品は、そういった目的に適っているといえるでしょう。普遍的な悩みのありように触れているからこそ、現代人の心にも響き、読み継がれているのだと思います。
さて、そのような本のなかから、今回取り上げたのが、大家ゲーテの『若きウェルテルの悩み』です。カウンセラーが取り上げる書評としては、やや迷う作品ですが、青春期の心情を見事に表している作品ですので、紹介させていただきます。
ウェルテルの悩み
ウェルテルはある土地に暮らしていたときに、ロッテという女性に出会い、強く惹かれます。ロッテにはすでに婚約者のアルベルトがいました。出会いの時点で、アルベルトは仕事で不在にしていましたが、やがて戻ってきます。ウェルテルはロッテのもとへ足しげく通い、気持ちを強くするものの、婚約者のいるロッテへの恋は実らぬことを知って苦しみます。そして、その土地を離れて仕事に就く道を選びます。
しかし、そこでも挫折し、しばらくして元の土地へ戻ります。その間にロッテはアルベルトと結婚していました。再会によってウェルテルのロッテへの気持ちは再び高まりますが、自分の思いが実現しないことも自覚します。
そのようなとき、事件が起こります。ある農夫の青年が、恋敵を殺害して捕まったのです。ウェルテルはこの青年を擁護しますが、周囲から支持を得られません。そのことをきっかけに自分を追い詰めたウェルテルは、自ら命を絶つほかないと思い詰め、その道を選びます。
このような物語です。
悩みの結末として
この結末に影響を受けた読者が死を選んだ、という悲しい影響力のあった作品として知られます。しかし、この作品を読むと、必ずしも死を賛美しているわけではなく、ウェルテルの死によってもたらされた周囲の人々の哀しみも描かれています。残された人たちは戸惑い、深く悲しむ。これは知っておくべき事実かと思います。
さて、物語のそういった悲劇的な側面ばかりが注目されやすいのですが、この物語の特徴は、詩人でもあったゲーテによる、繊細ながらも美しく、そして苦しい悩みの描写です。ウェルテルは、ロッテへの思いが募るなかで、かつて喜びの源だった自然さえ苦しみに変わったと、このように嘆きます。
「幸福というものが同時に不幸の源にならなくてはいけなかったのだろうか。はつらつたる自然を見てぼくは心にあたたかいあふれるばかりの感情をいだいた。ぼくは歓喜に燃えてこの感情の中に身を浸し、周囲の世界を天国のように思いなしたのだが、現在ではこの感情がどこまでもぼくにつきまとう悪霊となり、耐えがたい拷問者となる」(p.84)
ロッテと過ごす時間に幸せを感じる。しかし、かなわない恋であることも知っている。それゆえに、幸福を感じるほどに不幸を感じる。こういった、幸せと同時に不幸というとても苦しい状態を述べているのです。
矛盾した感情を同時に感じる。なかなか抜け出せない、こころの悩みにしばしば生じることです。たとえば人づきあいにおいて、深く悩んでいるとき、相手への怒りや恨みといった否定的な感情とともに、同じ相手に対する期待や望みも抱いている場合があります。プラスとマイナス、どちらの感情も相手に抱くから苦しい。それを一度に解決しようとするほど、さらに苦しみは深くなるのです。
ウェルテルもその思いを抱えきれずに、自ら命を絶つという道を選んだともいえます。もちろん、カウンセラーとしてはほかにも解決の可能性があっただろうと思います。
苦しみの先に
相手に対する強い思いを抱えるというのは苦しい。しかしながら、そういった思いを抱えているからこそ、自分が生きている、ということを実感できるともいえます。そして、その実感を抱えながら人生を送るなかで、得られる豊かな経験もあるのです。ウェルテルも、ロッテと過ごす時間があったからこそ、さまざまな言葉を生み出しました。つまり、結論を急ぐのでもなく、すぐに行動へと移すのでもなく、さらに悩むことが大切だったかもしれない。そのようにカウンセラーとしては思います。
もちろん、この作業をひとりでやり抜くのは大変です。なので、誰にでもその方法を選ぶようにも進められない。やり抜くためには、支える人や理解者が必要となる。たとえばウェルテルの思いに理解を示す人がいたらどうだったでしょうか。結末は変わったかもしれません。
悩みは簡単に解消しようとしてはならないかもしれない。しかし、悩みは出来る限り早く解決したいという思いもある。ウェルテルの悩みを読みながら、この逆説的な教訓について、深く考えさせられます。


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