モーリス・ドリュオン 作 『みどりのゆび』 原著1968年 安東次男 訳 岩波少年文庫1977
「みどりのゆび」という言葉をご存じでしょうか。
園芸が得意な人、とくに枯れたような植物でも、その人の手にかかると息を吹き返す。そのような人の手を象徴的に「みどりのゆび」といいます。
この書評を書くにあたって、本を探すなかで見つけたのが今回紹介する『みどりのゆび』。タイトルに惹かれたのもあって、今回はこの作品を紹介したいと思います。
主人公はチトという男の子。町で一番お金持ちの家に生まれました。父親は武器を作っている工場を経営しています。チトは家で母親に勉強を教わっていましたが、学校に行くことになりました。しかし授業を受けていると、チトは眠くなってしまいます。結局、勉強についていけなくなって学校に行くのをやめます。代わりに父親は、家で働く人たちから、直接実際的な勉強をチトにすればよいと考えました。そしてチトはまず、庭師のムスターシュさんに植物について教わります。庭師の彼はいつも寡黙です。彼はチトと接するなかで、チトに植物を育てる魔法のような力が備わってるのを見つけます。それは植物の種にさわると、たちどころに花を咲かせるという魔法でした。庭師はチトに言います。この力を秘密にしておきなさいと。
それからチトは、だれにも分からないように、この力を使い始めます。町にある刑務所の環境を良くしようとして、刑務所を花だらけにする。または、病気で入院している女の子のために、病院を花でいっぱいにするなどです。そんなある日、遠い国で戦争が起こりそうでした。砂漠の地下にある石油を取るために、二つの国が戦争を始めようとしたのです。もちろん、戦争が始まれば、父親の会社は忙しくなります。しかし、チトは戦争で人が傷つくのは望みません。だけれども、武器を売ることで会社がもうかり、自分たちが生活できている。チトは悩みました。そしてチトは工場にゆき、色々な武器を触ってまわりました。すると、戦場に送られたどの武器にも花が咲き乱れ、武器が使い物にならず、結果として戦争は止みました。
そのあと、工場は不良品を出したということで倒産に追い込まれます。そのときにチトは自分の能力を明らかにします。父親はそれを聞き、それで事業を起こそうと考え、武器工場を花を作る工場に変えます。そして、花を作る町として有名になります。そのあと、チトが信頼を寄せていたムスターシュさんが、亡くなります。彼はもう高齢でした。チトは「人が亡くなる」ということを理解できずに、ムスターシュさんを探しに町をめぐります。そして、最後はムスターシュさんが天にいると考え、自ら天に届くほどの大きな木を育て、その木を登っていって姿を消します。チトは「天使だった」という言葉が、地面に残されます。
こういうようなストーリーです。
シンプルに良いストーリー
この書評ではこれまでに、「一見、読んでも何が起きているのか分かりにくい」象徴的な表現が溢れる物語りを取り上げてきました。たとえば『星の王子様』も、王子様の会話は分かるけれども、なぜ王子さまがあれほど花に惹かれているのか、そして出てくるキャラクター達も不思議です。
同じフランスの作家であるドリュオンは、それらと比べて、象徴的な表現があふれているわけではありません。(ちなみにサン=テグジュペリとの交流もあったようです)。彼はのちに政治家となり、文化大臣も務めています。
この『みどりのゆび』は反戦小説ともいわれています。花の力によって戦争を回避する、というある種の夢みたいな話をしています。もちろん現実的に考えると、それほど簡単に戦争が止められたりするわけでもなく、ひとつの武器工場が閉鎖されても、世界中に武器工場がありますので、代わりはいくつもあります。花のように美しいものによって、戦争という悲惨な現実も回避できるのではという願いも込められているようです。ドリュオン自身も、兵士として参加していた人なので、戦争の悲惨さを身をもって理解していたかと思います。
ではなぜ、このようなシンプルな良い話が書かれたのでしょうか。
もちろん、私は作者の意図はわかりません。ただストーリーを読んで思うことは、目立った悪人が出てこないことです。いわゆる武器商人である父親も、商売のひとつとして武器工場の経営を考えています。そこで働いている人たちもです。つまり、戦争の現場では何がおきているのか、そして武器はどのように使われるのか、なぜこれほどの武器が必要になるのか。そういった現場の悲惨さや哀しみ、作る人たちの様々な想いなどの部分はほとんど描かれないのです。
これは「悲惨さをあえて描かず、美しいものに目を向ける」、それこそが平和に繋がる、という思想があるのでは、と私は考えました。つまり「すべてが花に包まれなければ、覆い隠せないほどの影が戦争にはある」といえるかもしれません。そう考えると、花に包まれるこの話は、そういった悲惨な運命を担わざるを得なかった人たちへの、手向けの花かもしれないともいえます。チトの咲かせた花のひとつひとつには、失われた命があったのかもしれない、と考えると、なかなか深い話といえるかもしれません。
一見、シンプルな出来事であっても、その背景にはいろいろな意味が含まれています。
私が書棚の中から偶然見つけた本が、実は反戦の本だったという意味について、終戦の日にあげる書評として、なにか深い意味があるのではと私自身も考えさせられます。


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