【書評】大きな夢を思い描く『おおきなきがほしい』

書評

【書評】 佐藤さとる/文 村上勉/絵 『おおきなきがほしい』 偕成社 1971年

 

子どもの頃、どのような夢を持っていたでしょうか。

空を飛びたい、大きな家に住んでみたい、自分だけの部屋が欲しい、何か自分だけの特別なことを経験したい。

そのような思いを抱いていたかもしれません。

大人になれば、そんなのは子どもの空想だ、と片づけられてしまうようなことでも、子どもにとっては、とても大切な体験になっていることがあります。

子どもの頃に想像した夢のような体験を絵にして伝えてくれる絵本、それが『おおきなきがほしい』です。

 

夢に描いた「大きな木」

この物語の主人公は、かおるという男の子。ある日、母親と話しながら、こう言います。「おおきな木がほしいな」と。そして、どんな木なのかを説明していきます。

それは、とても大きな木なので、はしごを使って登っていきます。登っていくと木のうろがあり、その中にもはしごがかかっています。さらに登っていくと、ベランダのある「かおるのいえ」に辿り着きます。そこからさらに登っていくと、鳥のいる大きな枝があり、さらに登ると、見晴らし台があって、遠くまで見通せます。

木の上の家には台所があり、そこではホットケーキを焼いたりします。季節の移ろいを感じながら、日々を過ごします。

そんな夢を語り終えたかおるは、最後に、実際に大きな木に育つというマテバシイを庭に植えます。

 

夢を語るということ

このような話を読んで、深層心理学的にどう考えるか。木の象徴的な意味は? 子どもの発達上の心理は? といった、野暮なことは私はしたくありません。それよりも、子どものこころに寄り添って、この「大きな木」を想像することが、どれほど大事なことかと考えます。

子どもにとって想像するとはどういうことでしょうか。心理学的なことは避けようと思いつつも、どうしてもこころの側面から考えてしまいますが、この想像力というのはとても大事なことだと思います。

大人というのは、ともすると「分かっている」「知っている」「想像がつく」という結論が出ることを大切にしがちです。そして「現実はこうなる」という「結果」ばかり気にして、それが正しいか間違っているかを判断してしまいます。あたかも、それだけが重要かのようにです。しかし、それによって自分の想像力や考え方の広がりを狭めているということには、なかなか気づきません。そして、いろいろな経験をすることの豊かさも、知らないうちに手放しているのかもしれません。

しかし子どもはどうでしょうか。

知らないこともたくさんある、分からないことももっとある。だからこそ、色んなことを知るよろこびを味わい、さまざまな想像を広げていく余地があるのです。それによって、大人にとって小さく見える出来事でさえも、子どもにとっては、とても貴重で豊かな経験になるのです。

この絵本はどうでしょうか。親の立場からすると、子どもが空想の話をしていて、何かひとりで遊んでいるな、程度の話にしか見えないかもしれません。しかし、この本に出てくる男の子は夢のような体験をしています。自分だけの部屋を持ち、しかもそこには台所もあって、料理もできる。自分だけの特別な場所で好きなように過ごすことができる。それだけで、いろいろな想像が広がっていきます。

この「想像が広がっていく」。これこそが、こころを豊かにすることだと思います。想像をする前に「そんなの実現するのは無理だ」「何を子どもみたいなことを」と考えていると、こころはどんどん萎縮していきます。大人になってもこころ豊かに過ごしている方に共通していると思うのは、「想像力を発揮することに、こころが開かれている」ということです。

言い換えると、子どものころのこころを、大人になっても良い意味で持てている、ということでしょう。

絵本を読んだときに、なんだか面白いな、と思ったとき、それは自分の中で想像力が動き始めたからかもしれません。もう一度、とんでもないけれども楽しそうな夢を想像してみる。そうすると、想像力がいろいろと働き始め、新しい見方や楽しみが見つかるかもしれません。

おおきな木。自分のなかにも、自分だけのおおきな木があるか、探してみてください。

プロフィール
この記事を書いた人
三輪 幸二朗

Mitoce 新大阪カウンセリング代表
臨床心理士

Mitoce 新大阪カウンセリング
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メールアドレス:office@mitoce.net

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