【書評】不器用な人の豊かな生き方 J・ヒルトン『チップス先生、さようなら』

書評

ジェイムズ・ヒルトン 『チップス先生、さようなら』1933年 白石朗 訳 (新潮文庫 2016年)

自分が昔から続けてきた仕事しかできない、新しいことに対応するのは苦手、対人関係にも消極的、そのような不器用さのある人の理想的な人生とはどのようなものでしょうか。

ジェイムズ・ヒルトンの『チップス先生、さようなら』は、著者が4日間で一気に書き上げた作品ですが、そのような短期間で書き上げたとは思えないほどの、深く考えさせられる物語りです。

主人公のチップス先生は、イギリスのある学校で古典を教えている教師です。古典というのは、古代ラテン語やギリシア語のことで、日本で言うと古文や漢文を教えている先生というと、わかりやすいかもしれません。
その先生が19世紀後半から20世紀前半まで、学校で過ごした日々をめぐる物語りで、とくに晩年をどのように過ごしたかを中心に書かれています。

チップス先生は基本的には真面目でマイペース、ときには冗談を言って生徒を笑わせたりします。といってもラテン語をもじった駄洒落なので、知的でウィットに富んでいる冗談です。

さてそのチップス先生が大事にしているのは、生徒の名前をしっかりと憶えること。しかも、その学校に何十年も勤めているので、何代もの生徒を憶えています。ある生徒が悪戯をしたので叱るときに「あなたのお祖父さんはこんな人で、その息子である、あなたのお父さんはこうだった」と話し始め、そのあと「あなたも父親や祖父と変わらないね」と叱るのです。それは嫌味というよりも、ユーモアが含まれています。というのも、祖父も父親も社会的に立派な立場だったりするので、チップス先生はそういった彼らのことも「それほど優秀な生徒ではなかった」とこき下ろすのです。つまり親に対して劣等感を感じていたかもしれない子どもにとっては、少し嬉しい話かもしれません。「お父さんもおじいちゃんも立派だけども、昔は自分みたいに叱られていたんだ」と。

こうしたエピソードからもわかるように、チップス先生は長年同じ場所で同じことを続けてきました。だからこそ、晩年になって何十年分もの人間関係や記憶が、本人を支える資産になっているのです。三代にわたる生徒たちとの関わりは、単なる思い出話ではなく、チップス先生がその学校で働くなかで積み重ねてきた資産になっていました。

チップス先生も長い教師生活のなかで、大変な経験をしました。校長先生が代替わりしたとき、チップス先生の教え方は古い、といわれて首になりそうになります。しかし、かつてチップス先生の生徒であった理事に助けられます。また、ちょうど第一次世界大戦が起こり、学校の近くが空襲されました。チップス先生は爆撃の音がするなか、学校の建物は丈夫だから外に出るより安全だと、淡々と授業を続けました。さらに戦争は続き、大人になった元生徒たちが次々と戦場に出ていき亡くなります。そのうえ若い先生も兵士になり、学校には教師がいなくなります。そのときには定年で引退していたチップス先生に声がかかり、教壇に復帰します。その後、校長が空席だったのを、成り手がいないということで、チップス先生が臨時校長として就任し、最後は校長先生として職業人生を終えます。

退職したあとは、学校の道路を挟んですぐ向かいにある住居で暮らします。最期は、静かに自分を世話してくれる人に見守られながら迎えます。訪ねてきた子どもと言葉を交わした、そのすぐあとに倒れたのです。慌ただしくもなく、孤独でもない、それまでの人生の続きのような穏やかな最期でした。

どのように老いを迎えるか

どのような老いを迎えたいか。それについて考えさせられる物語りです。
チップス先生というのは、どちらかというと地味な先生です。あまり変化を望まず、自分のやり方を守ろうとするタイプです。20世紀初頭にはすでに、チップス先生のような方は、頑固で時代遅れ、そして急進的な人からは学校のお荷物と思われるような人物でした。

しかし、チップス先生の人柄やスタイルが好きな人たちが、たくさんいたのです。もちろん、物語りなので、ある程度の誇張もあるでしょうが、物語りを読んでいるうちに読者もチップス先生の魅力に少しずつ魅かれるようになると思います。

なぜチップス先生は生徒たちに好かれたのか。それは、チップス先生が生徒たちを大事に思っていたからでしょう。その想いが、生徒に強く伝わったのだと思います。

どのような老いを迎えるかについて考えたとき、この辺りが参考になるのではと私は思いました。それは、自分にとって大切だと思うことを続ける。それが自分の人生を豊かにするのではないだろうか、ということです。
チップス先生は、もはや時代遅れともいわれるような、古典文学を何十年と教え続けました。それが生徒たちの人生にとって大事だと思ったからです。もちろん、ときには頑固であり、ダメな人と評価されることもあるかもしれません。でもチップス先生は続けたのです。

その根っこにあるのは、「自分の役割を大切にする」という姿勢だったのではないかと思います。校長が代わっても、時代が変わっても、戦争が起きても、チップス先生は仕事を大切にしていました。

もちろん、相手に迷惑をかけたり、他人に嫌な思いをさせたりしてもいい、というわけではありません。チップス先生は、自分が教えた生徒たちの人生を思いながら、続けたのです。「誰かのためになること」そして「自分も大事だと思っていること」を続けることで、豊かな老いを迎えられたのではないでしょうか。

人生は長いようで短いと言われます。ではその時間をどう過ごすのか。ある意味で不器用なチップス先生の生き方をみながら、もう一度自分の生き方を振り返りたいと思いました。

プロフィール
この記事を書いた人
三輪 幸二朗

Mitoce 新大阪カウンセリング代表
臨床心理士

Mitoce 新大阪カウンセリング
電話番号:06-6829-6856
メールアドレス:office@mitoce.net

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