ヒュー・ロフティング 著 『ドリトル先生アフリカへ行く』1920 小川高義/訳 新潮文庫 2026
動物の言葉を理解できるドリトル先生の活躍を描いたシリーズ第一作『ドリトル先生アフリカへ行く』。子どもの頃「動物と話せるなんて、なんてすばらしい」と思ったのを憶えています。今回は有名な井伏鱒二訳(岩波版)ではなく、新潮文庫で出た新版を用いています。井伏訳も、かなり面白い訳語があったりするのですが、最近出たばかりということで、新潮文庫版を用いています。
ドリトル先生は、もともと人間の治療をしていたお医者さんです。そして、動物をたくさん飼っていました。しかし、動物がいるのを嫌がった患者たちが、ドリトル先生の病院に来なくなります。もちろん、エサ代はかかるので、生活は困窮します。
その様子を見ていたネコの餌売りが、ドリトル先生に動物のお医者さんにならないかと提案しますが、先生は断ります。その話を聞いていたオウムが先生に提案します。トリの言葉というのがあると。それに興味を持ったドリトル先生はトリの言葉を覚え始めます。やがて、ほかの動物の言葉もオウムに教えてもらううちに、いろいろな動物の言葉を理解し、話せるようになりました。
やがてその評判は海外まで広まり、遠くアフリカ大陸から治療の依頼が来るようになります。そこでドリトル先生は、アフリカまで船で行き、サルの治療をして帰ってきます。帰る際に、珍しい動物をイギリスまで連れていきました。その動物を見世物にすることで、お金を稼いだおかげで、何とか生活が出来るようになる。というストーリーです。
※これらは現代の感覚からすると、やや差別的ともとられる表現や時代設定のずれなどがあるのですが、今回は物語として扱いたいと思います。
どうして動物の言葉を話せた?
さて、そのドリトル先生、なぜ動物の言葉をしゃべれるようになったのだろうか、ということを考えたいと思います。
ドリトル先生は、いわゆる動物言語の通訳者であるオウムから言葉を教わりました。オウムは人間の言葉と、トリの言葉を話せるからです。オウムは実際にも知能が高く、人間で言うと3歳児程度の知能があるという説もあるぐらいです。それを前提にしても、人間の言葉を十分に会話できるオウムがいても良いだろうな、という想像は膨らみます。
さて、そのオウムが人間の言葉を話したとき、ほかの人だったら「オウムが何か話している」程度の関心しか持たなかったかもしれません。しかしドリトル先生は違いました。オウムの話をまともに取り上げて興味を持ったのです。そのおかげで、「オウムから言葉を教わる」ことが出来ました。オウムは誰に対しても話ができるのだから、別の人間もオウムから言葉を教われば、動物の言葉を話せるようになったかもしれない。しかし、そのような人間はこれまで現れなかったのでしょう。それがドリトル先生にはできた。
なぜドリトル先生にはできたのでしょうか。
ドリトル先生だからできたこと
ドリトル先生は人間社会では生きにくい方です。ひとつ言えるとすれば、先生が人間社会の価値観から少し異なるところに立っていたことかもしれません。お金にも、他人の目にも無頓着で、ただ目の前の相手に向き合う。その素直さが、動物たちの声を拾えた理由だったのではないでしょうか。
動物と暮らしていて、他人にどう思われようとも構わない。そして、治療には熱心だけれども、お金には関心がない。いわゆる商売っ気が全くない。そのような人は人間社会では困窮します。周りの動物が心配するぐらい困窮した生活でも気にしていない。
それぐらい素直な人なので、人間だろうが動物だろうが、目の前の相手を信頼して、耳を傾けることができた。動物が言うことをたわいない話と退けるのではなく、「それは面白いことだ」と興味を持てたのです。上下の人間関係がしみついた人であれば、動物の声に耳を傾けようとしなかったでしょう。
ドリトル先生が珍しい動物を連れ帰るときも、先生の発案で見世物にしようとしたわけではありません。それも動物の提案でした。つまり、動物のためになろうと、懸命に治療をする。しかし、それ以外は構わないという誠実さがあるために、動物たちも先生をささえようとするのです。
このあたりに、悩みを相談する相手として、どのようなことが大切なのかというヒントがあるように思います。日常生活では頼りないところがあるかもしれない。けれども、こちらの話を素直に聞いてくれて、喜んでくれたり、心配してくれたりする。
動物だけではないでしょう。悩みを抱えた人は、そういう人の前でこそ、こころを開けるのだと思います。もちろん、しっかりと頼れる部分がないと不安になりますので、専門的な能力を持っているのが前提となりますが。
クライエントの言葉に、私はどれだけ素直に耳を傾けられているだろうか。私にも、動物の話を通訳してくれるオウムが現れたらな、としばらく考えていました。


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