【書評】自立する力を育てる役割 マリー・ハムズン『小さい牛追い』 原作1933年

書評

マリー・ハムズン 『小さい牛追い』 石井桃子訳 1950 岩波少年文庫

 

牛はこころの姿を表す?

 

物語りのなかで、動物はこころの状態を表すものとして描かれることがあります。深層心理学でもよく使われる見方です。たとえば禅の『十牛図』では、牛飼いの子が牛を探し、捕まえようと奮闘し、家に連れ帰るまでを描いた絵で、悟りを求めるこころの歩みを表すものとして、心理学の立場からも論じられてきました。

では、実際に牛を飼う仕事をしている子どもにとって、牛との暮らしはどんなものでしょうか。ハムズン『小さい牛追い』を手がかりに、子どもの成長を考えてみます。

 

牛とともに暮らす子どもたち

舞台は山の牧場です。長男のオーラをはじめとする4人の子どもたちは、人から預かった牛を放牧し、草を食べさせて太らせる仕事を手伝っています。牛に何かあれば牧場の評判にかかわり、自分たちのお小遣いにも響くため、帰る前には必ず牛の数を数えます。

ある日、オーラは牛が1頭足りないことに気づき、弟のエイナールと探しに出ます。山道を歩き続けた末、なんとか牛を見つけ、連れて帰ります。

読んでいて印象的なのは、子どもたちの生き生きとした姿です。ボタンやキャンディーを宝物にして交換し、冒険もいたずらもします。それでも牛を預かる仕事には熱心に取り組みます。作者が自分の子どもたちをモデルに書いたとされており、描写のリアルさにも納得がいきます。

 

牛は子どものこころを表している?

解放されて跳ね回る牛や、群れから離れて一頭で出かける牛は、自由を喜ぶ子どもや、自立しようとする子どもの姿に重なります。ただし、この物語りは、牛が子どものこころを象徴することだけではないと私は考えました。

大切なのは、課題や仕事を果たすなかでこころが育つという点だと思います。ごっこ遊びで「お父さん」「お母さん」の役を演じることもそうですが、牛追いの仕事では実際に責任を任されます。牛の面倒をみる、いなくなれば自分たちで探して連れて帰る。そうした責任を、子どもたちは担うことになるのです。

オーラは、自分が何を任されているのかをよく分かっているから、牛が減っていることに気づき、探しに行きます。

何かあったとき、自分で答えを見つけなければなりません。そして失敗は自分に返ってきます。たとえば釣りに出かけて池に落ちてしまい、そのまま帰ってくる場面があります。それは、思いどおりにいかなかった結果を自分で引き受ける姿があります。一方で、牛追いの仕事のように、任された役割を果たせば、周りから認められる。こうした経験の積み重ねが、子どもを自立へと向かわせるのでしょう。

 

現代の子どもたちを思う

いまの子どもたちは、自分だけの役割を任される機会がどれほどのあるのでしょうか。もちろん、それが良いか悪いかを簡単に判断することはできません。ただ、カウンセリングでは「社会に出て自立すること」に悩む方に出会います。そのたびに、自立のための準備となる経験が、そもそもあまりなかったのではないかと考えさせられます。

自立する力が育つのは、任された役割を自分なりに精一杯果たす体験ではないだろうか。そのためには、自分が何を任され、何を期待されているのかを知ることが出発点になる。牛追いの子どもたちの姿から、そんなことを考えさせられました。

牛は子どものこころそのものというより、子どもが役割を通して向き合う、大切な自分の可能性だったのかもしれません。

プロフィール
この記事を書いた人
三輪 幸二朗

Mitoce 新大阪カウンセリング代表
臨床心理士

Mitoce 新大阪カウンセリング
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メールアドレス:office@mitoce.net

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