大人になることと正直でいること ケストナー『飛ぶ教室』

書評

「人生、なにを悲しむかではなく、どれくらい深く悲しむかが重要なのだ」

「正直であることがどんなにつらくても、正直であるべきだ、と思うのだ。骨の髄まで正直であるべきだ、と」

ケストナー『飛ぶ教室』(岩波少年文庫)

ケストナーの代表作『飛ぶ教室』は、親元を離れ、寮で暮らす少年たちがクリスマス前に経験する出来事を描いた物語です。

登場する少年たちは、怒りや悲しみを抱え、大人に対して恐れやためらいを感じることもあります。しかし、そんな彼らは、お互いの強い友情や家族への深い愛情を胸に、日々を過ごしているのです。

この物語を大人になって読み返すと、とくに印象に残るのは正義さんと禁煙さんの友情でしょう。二人は、少年時代に親友同士でしたが、大人になった禁煙さんに悲しい出来事が起こり、そのあと行方がわからなくなってしまいます。しかし、子どもたちの助けを得て、再開を果たすことができました。

長年途切れていた友情が、再会によって取り戻せる――このことは、大人になった二人にとっても、まるで子どもの頃に戻ったかのように、かけがえのない時間になったでしょう。

正直であることと大人になること

冒頭にあげたケストナーの言葉のように「正直であること」が大切であるとわかっていても、大人になると、それを維持するのが難しくなることがあります。社会的な責任や“大人らしさ”を意識するあまり、「自分に正直でいること」を忘れてしまうことがあるからです。

カウンセリングに来られる方々のなかにも「自分の正直な気持ち」がわからなくなり、「どうしたら良いのか自分でもわからない」と悩んでいる方がおられます。「正直でいられない」ことが、こころの悩みを生み出す要因になっていることもあります。

では、私たちはいつから「正直でいられなくなる」のでしょうか。

正直さを失うとき

そのきっかけのひとつは「悲しみを悲しみとして感じることができなくなったとき」かもしれません。自分のなかにある感情、とくに悲しみや苦しみといった感情が、いつしか「抑えるべきもの」として扱われるようになるのです。つまり「正直な気持ち」を表現することが、どこか“大人らしくない”と感じられるようになり、それを繰り返すうちに正直さが失われていくのです。

しかし、カウンセリングなどを通じて自分のこころを深く見つめ直していくとどうでしょうか。大人になった今でも、私たちは深く悲しみ、傷つき、悩んでいることに気づきます。言い換えれば、子どもの頃に抱いていた素直な感情が、今もなお自分のなかでしっかりと息づいていることに気づくのです。

自分の素直な想いに気づくことができるようになると、それは悩みを軽減するだけでなく、人生の豊かさを深め、感情を豊かにすることにもつながります。『飛ぶ教室』は、まさにそうした、誰もが忘れがちな素直な自分を思い出させてくれるきっかけとなる、大人も楽しめる物語なのです。

正直であること。これを自分の傍に置いておくことが、人生を豊かにするのです。

プロフィール
この記事を書いた人
三輪 幸二朗

Mitoce 新大阪カウンセリング代表
臨床心理士

Mitoce 新大阪カウンセリング
電話番号:06-6829-6856
メールアドレス:office@mitoce.net

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