ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』(1906)
訳・高橋健二 新潮文庫 1951年
ノーベル賞作家ヘルマン・ヘッセの代表作である『車輪の下』。作者の思春期の体験が色濃く反映された作品です。いわゆる思春期のこころの動きを巧みに描いた名作として知られています。
学業優秀な少年ハンスは、各地の秀才が集まる選抜試験に合格し、寄宿舎生活を始めます。そこで出会った親友との別れをきっかけに、気を失うなどの精神的な不調が現れるようになり、やがて退学。実家に戻り、学業をあきらめて工場で働くようになりますが、仲間と酒を飲んだ帰り道、川に落ちて命を落とします――という物語です。
ハンスの変化
学校に入るまでは、ハンスは学業優秀で、家族や教師、村の人々から大きな期待を寄せられていました。当時の社会において、村から選抜試験の合格者が出ることは非常に名誉なことでした。試験には苦戦しながらも、結果として2位で合格し、優秀な成績を収めます。
しかし寄宿舎生活が始まると、親しくなった同級生と過ごすうちに、徐々に成績は下がっていきます。そこから、「誰かに称賛される人生」が少しずつ終わりを迎えていきます。
成功と転落の物語――そのように読む人も少なくないでしょう。
しかし作者の人生を踏まえると、単なる転落を描いた作品ではないことが見えてきます。
ヘッセ自身も若い頃、成績優秀で将来を期待されていた人物でした。主人公と同じく寄宿舎生活を経験しますが、そこになじめず退学しています。その背景には、学問よりも詩を書く人生を望んだという思いがあったといわれています。
本作において、ハンスが大きく変化するきっかけとなるのが、詩を愛するハイルナーとの出会いです。彼との交流を通して、ハンスは勉強への意味付けが、少しずつ揺らいでいったようです。
このハイルナーという人物には、作者自身の自己像が投影されているとも考えられます。
ハンスの人生、ハイルナーの人生
つまり作者は、「ハンスとしての人生」を歩もうとしながらも、最終的には「ハイルナーとしての人生」を選んだともいえるでしょう。そう考えると、作者の中にあった「ハンス的な部分」は生きられなくなったとも言えます。その内面を、作者は書かずにはいられなかったのかもしれません。
しかし、カウンセリングに携わる立場から見ると、この物語の結末には複雑な思いが残ります。ハンスの命は、なぜ救われなかったのでしょうか。
ハンスは最終的に職人の仕事に就きます。歯車にやすりをかける作業に従事し、その仕事の中で、ある種の充足感を得ていました。それまでは勉強中心で、周囲の評価を気にして生きてきましたが、「手に職をつける」という新しい在り方に触れたのです。それは、ギリシア語の文法を覚える日々とはまったく異なる世界でした。
しかしその新しい生活にも、完全にはなじめませんでした。仕事仲間と酒を飲みに行き、無理をして飲み過ぎてしまい、泥酔してしまいます。言い換えれば、自分を保てなくなったのかもしれません。
大切なものを支える
もし、自分にとって何が大切なのかをしっかりと確かめることができていたなら、違った結末があったかもしれません。また、ハンスにとって本当に大切なものを理解し、支えてくれる存在があったなら――。
自分を支える軸や足場があれば、もしあったのならば、ハンスの生き方は違ったかもしれません。悲劇的な最期を迎えるのではなく、どのように自分らしく生きていけるのか。
自分にとって大切なものがわからなくなったとき、あるいは周囲の期待の中で苦しさを感じたとき。
そんなときに、この作品はひとつの手がかりを与えてくれるのかもしれません。


コメント