秘密はこころを育てる
『秘密の花園』は『小公子』や『小公女』で知られる作家、フランシス・ホジソン・バーネットの代表作です。
物語は幼くして両親を亡くした主人公のメリーが、叔父の家に預けられ、そこで成長していく姿を描いています。
メリーは、現代でいう親による育児放棄を受けて育ちました。両親はメリーに無関心で、すべての子育てを召使に任せていました。食事も着替えもすべて召使が行い、メリーは何一つ自分でできませんでした。さらに友達もおらず、物質的には恵まれているものの、メリーを愛してくれる人はほとんどいませんでした。
そのような状況で育ったメリーは他人を見下し、信用せず、ぶっきらぼうで無口になり、感情は不安定で怒りっぽくなっていました。体はやせ細り、肌の色も悪く、運動もほとんどできないという状態でした。
そして両親が病気で亡くなったとき、メリーは何もできないまま、住んでいた家に一人で取り残されてしまいます。そのあとメリーは発見され、母親の兄である叔父の家に連れて行かれました。
叔父は裕福な人物で、大きな屋敷に住んでいます。屋敷には100の部屋があり、いくつもの庭が広がる大邸宅でした。しかし叔父は最愛の妻を失ってから心を閉ざし、他人とはほとんど交流しない状態でした。そのような家にメリーがやって来たのです。
この経歴を振り返るとメリーの心理的な状態がいかに厳しかったかがわかります。人を信用できず、外の世界でどう振る舞えば良いのかもわからず、つねに不安に晒され、孤独でした。他人にこころを閉ざすことで何とか自分を守っていたのです。唯一の血縁である叔父ですら信頼できるかどうかは不明でした。そのような状況でメリーがどのようにこころを成長させていくのかが、この物語の焦点となります。
信頼感が生まれる
メリーが他人への信頼を築き始めたのは、屋敷の人々との交流でした。かれらは裏表の少ない素直な人々で、メリーを警戒しながらも興味を持って接してくれました。メリーは初めて自分に関心を示してくれる人々と触れ合ったのです。さらに屋敷を探索しているうちに隠された庭の存在を知り、その庭を発見します。そして何年も放置されていた庭を花園に再生させることを決意します。こういった過程を通じてメリーのこころも次第に変わっていきます。
ここで重要なのは、メリーがこころの成長を遂げた一因が「自分だけの秘密を守ること」だという点です。秘密の庭を見つけたあと、メリーはその庭を誰にも話さず秘密にしておきました。誰かに庭のことを話すときも相手が信頼できるかを慎重に選びました。
庭はこころの内的な世界を表しています。誰もがこころのなかに自分だけの大切な場所を持っていますが、メリーはこれまでそのような世界を持てなかったのかもしれません。空想を広げて自分の世界を作ることは、子どもの成長にとって非常に大切なことですが、メリーにはそのための土壌が整っていなかったのです。それは外の世界との良好な関係に基づく豊かな経験によって初めて形作られるものだからです。しかしメリーはついにその世界を築き始めました。
秘密を守る大切さ
内的な世界が生まれたとき、それは外部から侵害されないように守る必要があります。なぜなら出来たばかりの内的な世界は非常に脆弱で、簡単に壊れてしまうからです。メリーは直感的にそのことに気づいたのかもしれません。そして、その秘密の庭を大切に守り育てることで、自分だけの花園を作り上げることができたのです。
この物語を通してメリーの内的な世界が少しずつ成長し、周囲の人々との関わりを通じて変化していく様子がよくわかります。かつては頑なだったこころが、冬の固い蕾から春に花開くような様子は非常に印象的です。秘密を守り、こころを豊かに育てる――その大切さを教えてくれる物語りです。


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