孤独と悲しみを知る。サン=テグジュペリ 『星の王子さま』

書評

大切なものは目に見えない

子どもの頃に読んだ童話を大人になって再読すると、初めて理解できることが現れたりします。『星の王子さま』も、そのひとつです。

まだ幼い頃にこの物語を読んだとき、私は主人公の飛行士が砂漠で出会う不思議な王子さまの幻想的な物語りとして受け止めていました。王子さまは小さな星で花とともに暮らしていた。星を離れ、地球にやってきて蛇やキツネと会話を交わす。そういった不思議な話です。

大人になり、深層心理学を学ぶなかでフォン・フランツの『永遠の少年』を読みました。そこには『星の王子さま』の心理学的な分析がされています。フォン・フランツは、物語りを母性的なものに飲み込まれた大人になれない存在として、永遠の少年としての王子さまを解釈します。冒頭の蛇のエピソードもバオバブの木も、のみ込まれる存在としての象徴的な意味があります。
ただしこれは解釈のひとつとして、私の記憶の引き出しのひとつに入っていますが、私のこころに深く響くものとしては残っていませんでした。

今回書評を書くにあたって、再度『星の王子さま』を読んだとき、私は物語りの根底に流れる「孤独のかなしみ」というテーマに遭遇しました。地球に一人で降り立った王子さまも、砂漠に墜落した飛行士も、どちらも孤独な状況に置かれています。そして、この孤独をともに過ごすことで物語りが進むのです。

孤独を抜け出すための対話

この物語りを深層心理学的に解釈すれば、象徴的な表現が連続していることがわかります。たとえば、死をもたらす蛇、王子さまのアニマ(内的な異性)としての花、星を支配しようとするバオバブの木、王子さまに知恵を与えるキツネ、各星に住む典型的な人間たち。それぞれのキャラクターは象徴的で、ひとつひとつが自分だけの世界を生きる人たちを表しています。しかし、それらを象徴的に分析するというよりも、なぜ孤独な状況に陥ることになるのか、という王子さまの悲しみに寄り添うことを私は考えたいと思いました。

カウンセラーとして、重要なのは王子さまの「傷つきやすさ」だと考えます。王子さまは人間の「本質」を直感的に見抜いてしまうため、他人に深く関わることを恐れるといえます。純粋さゆえに、他人に近づくと傷ついてしまうのです。いいかえると、他人に対する強い愛着を持つ一方で、近づいても愛着が満たされない(理解されない)ことが分かってしまうため、傷つくのです。そしてバラの花とのエピソードのように、相手に近づくと傷ついてしまうような相手にこそ、こころ惹かれてしまうのです。

近づきたいけれども、近づくことで傷つきたくない。その矛盾した感情が、王子さまの振る舞いに影響を与えます。

王子さまは主人公のこころを映し出した人物ともいえます。こころの機能として、孤独で不安で、さらに疲弊している極限状態では、人間は幻覚を体験するといいます。その幻覚は、本人にとってこころを支える作用もあります。危機的な状況にある主人公のこころを支える存在として、王子さまがやってきたのです。

主人公にも王子さまと似た繊細さがあるのです。他人に近づきすぎず、安心できる距離感が必要。しかし素直で自由なこころを持っている。そして、主人公自身も誰かといることで傷ついたけれども、自分が人間に強い思いを寄せている。他人から自分に、強い思いが向けられることも理解している。だけれども、危険な旅である砂漠の上での単独飛行をするというスリルと自由が必要。そのような人物なのです。

王子さまは花といつまでも暮らせないことを知っています。だけれども花は守りたい。星を覆いつくしてしまう危険性があるバオバブの木から、花を守らないといけない。そこで王子さまはバオバブの芽を食べてくれる羊を求めます。それは自分が星を離れているときでも、花を守ることになるからです。つまり星には帰らない(帰ってもずっと一緒にいられない)けれども、花は守りたいという思いなのです。

近づきたいけれども、近づくほど傷つくので怖い。だから離れて孤独と自由を選ぶ。しかし、だれかとのつながりを求める。こういった迷いのなかに孤独のかなしみがあるのです。それが王子さまと主人公が抱えている悩みなのでしょう。

だれかと一緒に過ごすことは傷つきを生みます。他人は自分を理解してくれないという事実を知ります。しかし自分が理解できない相手だからこそ他人であり、自分の知らない可能性を相手が持っているかもしれない。だから人はだれかと過ごすことに意味があるのです。

見えすぎたことへの傷つき

カウンセリングに来られる方のなかにも、他人のこころにある「本質」を知ってしまったことで、生きづらくなり、深く悩んでいる方がいます。そういった場合、星の王子さまに出てきたキツネのように、あまり近づきすぎず、距離を取りつつも安心できる関係を築くこととが大切です。

だれにも傷つけられたくない。だけれども誰かにいてほしい。そういった言葉に出来ない孤独のかなしみを知る人の想いが込められている。星の王子さまはそういう物語りです。はかなく、美しい物語でありながら、そのなかに秘められたこころの洞察に気づかされる。読むことで自分のこころのなかに深く沈んでいた、王子さまのこころに出会うのです。

プロフィール
この記事を書いた人
三輪 幸二朗

Mitoce 新大阪カウンセリング代表
臨床心理士

Mitoce 新大阪カウンセリング
電話番号:06-6829-6856
メールアドレス:office@mitoce.net

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